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【プレスリリース】木質由来の低分子性リグニンを分解できる細菌の炭素利用の一端を解明 政井 英司 教授、上村 直史 准教授
木質由来の低分子性リグニンを分解できる細菌の炭素利用の一端を解明
研究成果
●Question
木に豊富に含まれるリグニンという高分子化合物は、再生可能な資源(バイオマス)として注目されており、その有効利用に向けた研究開発が進められています。しかし、リグニンを効率的に利用するためには、リグニン由来の物質を分解・代謝できる微生物の働きと、それに関わる酵素の機能を深く理解することが不可欠です。私たち研究グループは、リグニン分解菌の一種であるSphingobium lignivorans SYK-6株に着目し、研究を進めてきました。その結果、SYK-6株は、ヒトや大腸菌など一般的な生物とは異なる、独特な代謝システムを持っていることが明らかになりました。このユニークな代謝システムと酵素は、生物進化の観点からも非常に興味深く、その違いと進化の過程を解明するための研究が始まりました。
●Findings
SYK-6株は、多くの生物とは異なる方法で炭素を取り込み、利用しています。このため、通常の代謝酵素の組み合わせでは、効率的な炭素利用に不都合が生じてしまいます。そこで、SYK-6株は、炭素を効率的に利用するために、特定の酵素(MTHFR)の構造を変化させるという戦略をとっていました。具体的には、本来は還元反応を得意とするMTHFRを、酸化反応が得意な酵素へと変化させることで、炭素の取り込み方の違いに対応している様子が明らかになりました。さらに、遺伝子配列データベースの調査から、SYK-6株のような特殊な代謝システムを持つ微生物が、自然界に複数種類存在することも判明しました。
●Meaning
本研究の成果は、炭素の取り込み方の違いに対して、微生物が酵素の性質を変化させることで柔軟に対応し、進化してきた可能性を示唆しています。また、木材を分解する微生物の代謝メカニズムを理解する上で重要な手がかりとなるだけでなく、現在は利用が難しいリグニンを、持続可能な形で有効活用するための技術開発にも貢献することが期待されます。
●概要
生物の細胞はDNA やアミノ酸の合成に関わる「炭素代謝」というよく知られた代謝経路があり、MTHFR という酵素が重要な役割を果たします。ヒト、マウス、酵母、大腸菌などの通常の生物ではMTHFRはメチレンテトラヒドロ葉酸をメチルテトラヒドロ葉酸に変換(還元)しますが、リグニン分解菌Sphingobium lignivorans SYK-6株のMTHFRは通常とは違い、メチルテトラヒドロ葉酸を酸化してメチレンテトラヒドロ葉酸を生成する反応を触媒することが分かりました。これは、SYK-6株が通常のようにグルコースなどを取り込んで生育することができず、低分子性のリグニン(一種の芳香族化合物)を摂取して生育するために、独自の炭素代謝を進化させてきたものと考えられます。本研究ではSYK-6株のMTHFRが持つ独特な酵素機能とその触媒反応メカニズムを結晶構造に基づき解明しました。さらに、SYK-6株と同様に一風変わった炭素代謝を持つ微生物が多数存在しそうなこともデータベース解析から発見しました。この成果は、微生物の代謝研究に新たな視点を提供するものです。
本研究は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 構造生物学研究センター(SBRC)の千田俊哉 教授らとの共同研究により実施されました。本学からは、物質生物系の政井英司 教授、上村直史 准教授、加藤 諒 博士後期学生(先端工学専攻 社会環境・生物機能工学分野)が参画し、SYK-6株のMTHFRの酵素機能の解明を主に担いました。本研究成果は、Communications Biology誌で公表されました。
図:SYK-6株の電子顕微鏡写真(左)とMTHFRの立体構造(右、補酵素FADとメチルテトラヒドロ葉酸と結合した状態)
●論文情報
タイトル:Discovery of a distinct type of methylenetetrahydrofolate reductase family that couples with tetrahydrofolate-dependent demethylases
掲載雑誌:Communications Biology
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-025-07762-0
詳細は以下のPDFファイルをご覧ください。
https://www.nagaokaut.ac.jp/annai/koho/kisyakaiken/press/R6.files/20250307.pdf
【用語解説】
リグニン:地球上で最も豊富に存在する芳香族化合物であり、低炭素社会の構築に向けて化石資源に変わるバイオマス資源として注目されている。
Sphingobium lignivorans SYK-6株:リグニン由来の多種多様な低分子芳香族化合物を分解できる細菌。その代謝システムは、細菌におけるリグニン由来芳香族化合物代謝のモデルとして位置づけられている。
関連リンク
微生物代謝工学研究室(政井英司教授、上村直史准教授、藤田雅也助教)紹介ページ
微生物代謝工学研究室(政井英司教授、上村直史准教授、藤田雅也助教)ホームページ