研究室
有機反応設計研究室
Organic Reaction Design and Synthesis
スタッフ
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教授
前川 博史
有機反応設計研究室
研究内容
有機物質の基本骨格は炭素でできており,その種類は非常に多く,「地球上のほとんどの物質は有機物質である」と書いている教科書もある。このような現実を支えているのは,炭素には結合の手が4本あり,強固な共有結合を形成する点である。人間を含む動物が炭素を主骨格とする食物を体内で燃焼させてエネルギーを得ている中で,カーボンニュートラルは自己否定のカラーを帯びた目標ではあるものの,燃やして廃棄する副産物を出さずに,欲しい有機物質だけを短いステップ数で効率的かつ選択的に合成して利用することは,誰もが願うところである。私達の研究室では,安価な原料から合成困難な様々な物質を選択的に合成する新たな反応を開発したり,これまでに合成されたことがない有機物質を簡便に収率よく合成する反応を見出したりすることにより,様々な材料合成や医農薬品合成に貢献する研究を行っている。特にバイオマスを原料とする脱石油時代にも通用する有機物質の変換法の開発と採掘源が限られている希土類元素を使用しない元素戦略を考えた環境調和型合成を重要な課題と位置づけ,マグネシウムを用いた新反応開発と物質合成に取り組んでいる。
1. 還元剤としてのマグネシウム
電子移動型反応は有機合成において非常に重要な反応の1つで,電子を与えれば還元反応として進行し,原子の極性が反転する極性変換(Umpolung)反応となって,正に帯電または分極している原子同士の結合形成反応が簡便に行えるようになる。還元は自然現象に逆行することから激しい反応が多い一方で,物質にエネルギーを付与する反応でもある。
単体による還元反応ではBirch還元などに用いるリチウムやナトリウム,その他にアルミニウム,鉄,亜鉛なども用いられる。複合金属による還元としては昔はアマルガム,最近は亜鉛・銅カップルが身近なものである。金属塩では,スズ,低原子価チタン,クロム,セリウム,イッテルビウムの他にサマリウムがよく使われる。電解も古くからの還元手法である。
マグネシウムの反応についてはGrignard反応とPinacolカップリング反応一色で還元剤としてのイメージはないかもしれないが,1モルが24グラムで2価のイオンになりやすいので,1モルの電子を得るのに12グラムしか必要としない有効な還元剤である。
2. マグネシウム を使う理由
マグネシウムを電子移動剤として使用する有利な点がいくつかある。
- ナトリウムに次ぐ強い還元力を持ち,還元対象となる物質が多い
- 天然に広く分布しており,自然界で8番目に多く存在する元素
- 空気中で安定
- 生体必須元素で環境に優しい
- 有機合成の経験と一般的な器具があれば,誰でもどこでも反応を行える
3. 意外と難しい反応開発
還元的なカップリング反応は,ヒドリド還元と異なり,如何に反応相手と結合させるかが重要で,電子移動型反応の制御は必ずしも容易ではない。一電子移動が起きると不安定なアニオンラジカル種が発生し,この活性種を副反応を起こさせることなく,反応系中で期待する別の反応試薬と反応させることが求められる。一般にクロスカップリングよりもホモカップリングの方が有利で,アニオンラジカル種を暴走させることなく,クロスカップリングが起こりやすい反応条件の設計を行わなければならない。新たな反応を見出した後は,溶媒,温度,試薬の量など,様々な条件を最適化することも必要になる。
4. 最近,開発した反応
炭素—炭素、炭素—ケイ素結合形成による選択的物質合成
炭素—炭素結合形成反応は有機物質の骨格形成の基本であることから最も価値の高い反応とされており,私達の研究室でも極性変換により,異なる求電子性炭素同士を結合させる反応を多数見出している。また有機ケイ素化合物は有機合成の中間体として重要であり,炭素—ケイ素結合形成による新たなケイ素化合物を数多く合成した。
マグネシウム金属還元反応による部分フッ素化有機化合物の合成
部分フッ素化有機化合物は医農薬分野で近年注目され,含フッ素有機化合物が新規医薬品に占める割合は高い。私達は,求電子性炭素に求電子性のトリフルオロアセチル基を導入する反応を見出し,多くの含フッ素新規化合物を合成できることを明らかにした。
sp2炭素上の脱離基と求電子剤の還元的置換反応
sp2炭素上の脱離基の置換反応は専ら遷移金属存在下で起こるが,私達は遷移金属を用いることなく,マグネシウム還元のみで円滑に置換反応を進行させることができることを見出した。